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【F1SCENE 2011】信念〜Brilliant Blue〜


2012-3-12 1:40



信念を貫くことで、彼らは究極の速さを手に入れた。

信念を曲げない強さが、彼らを挫折から立ち上がらせた。

絶望の末の歓喜を支えたのは、前に進む強さだった。



キャンバスに輝くラピスラズリのように。

 350年の時を経ても、彼が筆を運んだ亜麻のキャンバスには清廉で静謐な時が流れている。
 薄暗い空間に差し込む淡い光。暗闇で神への独白を演じる舞台役者のように、その表情はポワンティエと呼ばれるスポットライトの陰影によってアクセントを帯びる。
 世にフェルメールの名で知られるヤン・ファン・デル・メールは、目の前の情景をどこまでも精緻に、写実的に描くことを貫いた画家だ。
 随所でその作品の数々を彩る鮮やかなブルーは、ラピスラズリという極めて貴重な鉱石からでなければ生み出すことができなかった。金よりも高価とさえ言われたその絵の具を、彼は惜しげも無く使った。ある時は少女の身に着ける頭飾りに、そしてある時には使用人の前掛けに。肌艶の発色を得るために、本来の青色としては表には出ることのない下地に使いさえした。かつては宗教画において聖なるものを描く時にのみ用いられた稀少な顔料を……。
 いつしかその色は、海を越えて運ばれてきたことを意味するウルトラマリンという本来の名称を差し置き、フェルメールブルーと呼ばれるようになっていた。

 まるでフェルメールのように、レッドブル・レーシングは2011年のシーズンを鮮やかに群青色で塗り固めた。
 見る者が嫌気を起こすほどの速さ、連戦連勝、記録ずくめの1年。
 だが、彼ら自身に勝者の奢りなど微塵ほども見られることはなかった。
 ドライバーは千分の一秒を削るためにはいかにステアリングとペダルを操るべきかを考え続け、技術者たちは新たなアイディアを生み出しそれを形にし続け、現場のメカニックたちもタイヤ交換作業の練習と身体鍛錬に明け暮れ続けた。全ては勝利のために。
 それはまさに、フェルメールが自身の作品を究極にまで高めるため、ラピスラズリを使い続け、さらには写実性を極めるためピンホールカメラやコンパスのような新たな技法を探究し続けたことに重なる。技巧だけに留まらず、背景に描き加える要素によって複雑なストーリー性と深淵を生み出すことをも、フェルメールは追究していった。それは、信念を貫くがゆえの前進。
 あれほどの速さと集中力に恵まれた王者セバスチャン・フェッテルが、金曜のフリー走行で幾度コース脇にマシンを止めたことか。それは今季の彼が限界寸前の試行錯誤を強いられていたことの証左に他ならない。ドライビングを大きく左右するほどの新たなタイヤ、新たなデバイスの出現に直面し、彼はそのポテンシャルを最大限に引き出すために全身全霊を傾けることを決めた。その実践が金曜の試行錯誤であり、数々のスピンやクラッシュだった。それを熟知するチームの側も、誰一人として彼を責めることなく、黙々とマシンの修復に没頭する。
 そんな姿勢は、ありとあらゆる場面に見られた。
 前年にチームとしての甘さ、醜態を露見させながらも頂点に辿り着いた彼らは、その場所にしがみつき守るのではなく、さらに前へと進む道を選んだ。勝利のために全てを捧げるという信念を全ての者が確かめ合うことで、無様な失態を演じることは減り、不測の事態にも常に冷静さと厳格さを持って対処し、彼らはチームとしての成長を遂げた。シーズン半ばにして目の前に立ち塞がった高い壁も、危険を顧みず勝利の可能性に賭けることによって乗り越えた。
 数字が示すほど、簡単な1年ではなかった。
 彼らが重ねた勝利の数々は、決して易々と手に入ったものではなかった。ライバルの猛追を許したこともあれば、車体の開発が思うように進まず、実際に辛酸を嘗めたこともあった。
 だからこそ、彼らは勝利だけを目指し、信念を貫き通した。
 傷付いたタイヤを抱えながらスパでエイドリアン・ニューウェイが2カ月ぶりの勝利に流した涙、金曜のクラッシュ後に急きょ新型パーツを製造し直し鈴鹿へとわずか1日で運んだスタッフたちの汗。それらはすべて、ラピスラズリのフェルメールブルーによって描かれるべき輝きだったのではないだろうか。
 前に進む勇気によって、未来を切り拓いた。それが2011年のレッドブル・レーシングだった。

 停滞は後退を意味すると言われるほど時の流れの速いフォーミュラ・ワンの世界では、前に進む勇気を持たない者に勝利の瞬間が訪れることはない。例えそれが、世界に一人しか就くことのできない王座争いであれ、下位集団に埋もれたたったひとつの順位を争う戦いであれ。
 この世界中に存在する個々それぞれが、それぞれの舞台に立ち、それぞれのドラマの主役を演じている。そのドラマの結末を幸福なものとするか否かは、個々がまだ見ぬ明日へ向かい、勇気を持って新たな一歩を踏み出し続けて行けるか否かにかかっている。その背中を押してくれるのは、それぞれが胸に秘めた強い信念の力なのではないだろうか。
 大きな悲劇に襲われた日本には、世界中から無数の温かい声が寄せられた。日本と深く関わり、深く知るフォーミュラ・ワンの世界だからこそ、我々がどれだけ傷付き、どれほどの悲しみと苦しみに打ちひしがれているかを理解し、救いの手を差し伸べてくれた。
 前に進むことの大切さを知る彼らだからこそ、立ち上がるための力を、そして助け合うための絆を、我々に届けてくれた。

 “天空の破片”とさえ称された貴重なラピスラズリを駆使し、フェルメールが生涯に渡って描き続けたものとは何だったのか?
 彼の作品は、この世に僅か30数点しか存在しない。その大半は、荘厳な宗教画ではなく、当時の世俗を偲ばせるような“ごく普通の人々”をモチーフとしている。
 美しい青と光の魔術師は、その技巧を心ゆくまでに振るい、少女しかり、使用人しかり、ごく普通の人々に光を当てていった。例えそのブルーがどんなに高価であっても、生涯に渡って己の信念を曲げず、貫き通して。
 信念の力は強い。だからこそ、ラピスラズリのフェルメールブルーは長い時を経てもなお、我々の心を強く揺さぶるのだ。

(text by Mineoki YONEYA / photograph by ZEROBORDER)

 このようなテーマで2011年のF1を美麗写真で描き出す『F1SCENE』2011 YEAR BOOKは、送料無料のF1LIFEストアにて購入可能です。


『F1SCENE』2011 YEAR BOOK
発行:ZEROBORDER
発行日:2012年3月10日
判型:330×250mm(変形B4版)
ページ数:144
価格:5040円(税込、送料無料)

DOMINANCE 〜 あくなき勝者 〜
記録的勝利を重ねたフェッテルとレッドブル。
だがその速さは、並々ならぬ努力と信念によって手に入れたもの。
そして彼らもまた、挫折と苦しみから這い上がることで栄光へとたどり着いた。

THEIR OWN STORIES 〜 それぞれの戦い 〜
頂点に立つことのできない者にも、それぞれの戦いがある。
ある者は翌年へ、ある者はひとつでも上のランキングへ。
それぞれが信じる目的地を目指し、彼らは突き進んだ。

INFINITE WORLD 〜 新しい時代へ 〜
人為的にレースを操作するとさえ批判されたタイヤ、DRS、KERS。
過度の開発競争を生んだブロウンディフューザー。未開の地への旅に、不安が渦巻いたインド。
だが新たな未来を切り拓くため、彼らは怖れることなくその扉を開いた。

KIZUNA 〜 悲しみを乗り越えて 〜
揺れる中東情勢、日本を襲った災害、悲しみの事故。
F1とて無関係ではいられない悲劇を悼み、それでも前に進むことで勇気を与える。
それが自分たちに与えられた使命なのだと信じて。

THE NINETEEN DRAMAS 〜 未知の興奮 〜
予測不可能なドラマに彩られた2011年のF1。
栄光に向かい、信念を貫いた者たちの姿には、
何ものにも代えがたい美しさがあった。


『F1SCENE』について
2004年、「写真だけが真実を語る」というコンセプトの元、F1フォトグラフィックブック『F1SCENE』は始まりました。
今までにない「写真だけで本当のF1を伝える」というスタイルが共感を得て、日本だけではなく欧州を中心とした世界でも発売されています。

本当に良い写真というものは言葉など必要ないのかもしれません。
言葉では表せないもの、映像のように通り過ぎないもの、それが人々のイマジネーションを呼び起こすのです。
「見たいもの」「見たい瞬間」というものはブラウン管には映らないのかもしれません。写真だからこそ「切り取ることができる」一瞬がそこにあるのです。

『F1SCENE』2011 YEAR BOOKの購入は、送料無料のF1LIFEストアにて。

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