ページの先頭です。本文を読み飛ばして、このサイトのメニューなどを読む

 

【F1LIFE新書】2012年スペインGP 小林可夢偉『目の前に見えた表彰台』


2012-5-18 21:41


 マジで行けると思った。

 可夢偉は中国GPを上回るマシンの好調ぶりに、
 今回こそは表彰台が狙えると確信していた。
 しかしその希望は、僅かな綻びによって失われてしまった。


「カムイ、すぐにマシンを停めてくれ。トラブルだ」
 フランチェスコ・ネンチの声が無線のイヤープラグに響いた。
 Q2最後のアタックを終え、チェッカーを受けた直後のことだった。
 ターン3先のコース脇にC31を停めコクピットから降りると、可夢偉は合点がいった。あれだけ絶好調だったマシンが、Q2の最後になって急にグリップを失った理由が分かった。
 C31のカウルの隙間からはオイルが漏れ、リアタイヤに飛び散ってグリップを奪い取っていた。
 ハイドローリックのオイルリーク。
 半周も前から、油圧制御用のオイルは漏れ出していたのだ。
 細いスチール製のパイピングは、激しいGと振動の中でデリケートさを増す。ハイドロ系のトラブルはF1マシンに付きものだ。
 とはいえ、これで今シーズン何度目のトラブルだろう?
「運が無いのはどうしようもないですよ」
 そうは言いながらも、可夢偉は悔しさとやるせなさがない交ぜになった気持ちを、抑えることができなかった。
 この週末のC31は、極めて高いポテンシャルを示していたからだ。
 どうしても欲しかった表彰台。どうしても必要だった表彰台。
 その目標が、今週末は現実味を帯びていると可夢偉は感じていたのだ。
「今回は調子良かったから、行けるんちゃあうかって思ってたんですけどね、マジで……」
 可夢偉はふと漏らした。
 曰く、実力で予選4位を奪った中国GPの時よりも、手応えは強かった。
「Q1から(予選2位のパストール・)マルドナドと近いところにいたんで、2位か3位には入れてたクルマの調子だったと思います。Q3で走れてたら、あそこ(会見場)で喋ってましたよ」
 事実、漏れ出したオイルにグリップを奪われながらも、可夢偉はQ2最後のアタックでQ3進出を決めていた。
「ターン7くらいからオイルが漏れながら走ってたんで、そのせいでセクター3はタイムアップできてないんです。実際にはもっと速いタイムが出せてたはずですからね。セクター2まででコンマ7くらい上がってたから、セクター3であとコンマ3上がってたら(Q2)でも2位か3位くらいのタイムが出てたと思いますよ」
 いくらそれだけのポテンシャルがあれども、9番グリッドからでは表彰台は遠い。
 現実的な目標として目の前に見えていたはずの表彰台が、逃げるようにまた遠ざかっていってしまったことを、可夢偉は感じていた。

 ムジェロでのテストを終えて、可夢偉はパリに降り立った。
 チームが用意したインプレッサの運転席に乗り込んで、一路南へと走り出す。
 住み慣れたパリのアパルトマンを引き払ってから1年あまり、可夢偉はスーツケースとともに旅を続ける住所不定の生活を続けてきた。しかし、ヨーロッパラウンドの開幕とともにモナコでの生活が始まる。
 その前に、まず向かうのはスイスのチューリッヒ。
 ホテルの高さ、レストランの高さに不平を言いながらも、一人きりでのんびりとした時間を過ごした。
 そしていよいよ、バルセロナへ。
「たった12時間のドライブでしたよ」
 地中海沿いのドライブを、可夢偉は楽しんだようだ。
 真っ青な海に、真っ青な空。
 5月の南ヨーロッパは、すでに最高の季節を迎えている。バルセロナでも、強い太陽の陽射しが照りつけ、路面温度は40度を超えている。
 C31には、ムジェロで効果が確認された新しい空力パーツがいくつも取り付けられていた。
 おまけにリアカウルとノーズにはプレミアリーグを戦うチェルシーFCのロゴが加わり、ピットガレージ前での発表会の後には、そのイメージカラーである鮮やかなブルーのシャツやマフラータオルがチームのあちこちで見られた。

(続く)

【F1LIFE新書】2012年スペインGP 小林可夢偉『目の前に見えた表彰台』

著者:米家峰起
発行日:2012年5月18日
ページ数:23
データ形式:PDF(PC、iPad/iPhone、Android対応)
データサイズ:7.3MB
ダウンロード価格:210円(税込)
(販売期間:2012年5月28日まで)

購入はこちら『F1LIFE』ストアにて。
https://www.f1-life.net/store/f1lb-0014.html

ページの終端です。ページの先頭に戻る