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【F1LIFE新書】2012年モナコGP 小林可夢偉『華やかなりしモナコ』


2012-5-31 17:11


 やっぱりモナコは嫌いや。

 モナコ住民として迎える、初めてのモナコ・グランプリ。
 しかし運は可夢偉に味方してはくれなかった。
 あっという間に終わったモナコの週末。
 その裏ではどんなことが起きていたのか?


 見渡す限り瀟洒な建物が建ち並ぶ、世界有数の高級住宅地にして、高級リゾート。シャルル・ガルニエの手になるカジノの荘厳な構えの前には、美しい庭園と数え切れないほどの高級車が巧みなコントラストを生み出す。
 平時のこの街には、ゆったりと静かな時間が流れる。
 グランプリドライバーになって3年目の今年、小林可夢偉はこの街に腰を落ち着けた。
 どこまでも青い地中海と、明るい陽射しが降り注ぐ空。夜の帳が降りれば始まる煌びやかな別世界。
 グランプリの週末が近付けば、肉体管理を考えた驚くほどシンプルでボリュームの少ないメニューに徹する可夢偉だが、さすがにレースの直後にはひとときの贅沢も許される。ミシュランの星を保持する高名なフレンチレストランも、徒歩5分の距離にある。そして、魅惑のカジノも。
「結構それだけで生活できるくらい勝ってるんですよ、レストラン代を稼がないとあかんからね(笑)。こないだは結構痛いくらい負けたけど、昨日は勝ったから。なんやったら勝方法教えましょか? 僕、本書いても良いくらいやもん。これで豪邸建てたいなと思って。ここに1年くらい住んで、カジノで1軒建てて、本書いたろ思てますもん(笑)」
 この街の住人として迎える初めてのモナコ・グランプリを前に、可夢偉はそう言って笑った。自宅からスクーターで通えるグランプリという環境が、いつも以上にリラックスできる余裕を与えてくれるのかもしれない。「モナコは嫌いだ」と言いながらも、可夢偉の言葉の端々からは自信のようなものもうかがえる。
「なんやろねぇ、結局、レーシングじゃなくてショーじゃないですか、モナコって。それが僕はあんまり好きじゃないんですちね。僕らは純粋にレースをしに来てるんで、ショーをしに来てるんならパフォーマーでも雇ってくれれば良いしね(苦笑)。個人的にはレーシングサーキットでレースをしたいなっていう気がするんですよね」
 一般的には、モナコはドライバーの腕が問われるサーキット、そしてマシン性能に左右されがちな昨今のF1においては唯一と言って良いほど、ドライバーが”差”を生み出すことのできる究極のドライバーズサーキットだと言われている。
 しかし、そんな常識や既成概念は可夢偉には通用しない。可夢偉は自分の目で見て、自分の頭で考えたことしか相手にしない、そういう男だ。
「僕はあんまりそんな風には思わないんですよね……。自信があれば誰でも速く走れる、みたいな。基本的には勢いのあるヤツが上手くいくけど、そういうヤツはレースでは失敗することが多いし」
 そう言って何人かのドライバーの名前を挙げる。要は、思い切ってガードレールの寸前までステアリングを切り込んでいけば、一発のタイムだけなら出すこともできる。しかし、それを78周にわたって繰り返すには本当のドライビング能力が必要だということだ。
 ただし、ここは抜けない。
 実際に道路の真ん中に立ってみれば、その路面はテレビ映像で見るよりも格段に狭く、上下左右に曲がりくねっていることが分かる。
 それゆえに、どんなに遅いマシンでも、前に立たれれば抜くことは容易ではない。となれば、レースは思うようには進まない。
「レーシングじゃない」
 可夢偉がそう言うのは、そのせいだ。
 それでも可夢偉は、「去年よりも高い順位」というのをこのモナコGPの目標として掲げた。つまりは、自己最高位の5位以上ということだ。
 慢心はできないと自分に言い聞かせながらも、バルセロナで得た手応えが、可夢偉に自信を与えてくれていた。
「結構レベル高いと思いますけど、クルマが調子いい時にやるしかないかなって思うし。こんな低速なコースはこのクルマでは初めてやし、あんまり期待せずにニュートラルな気持ちで入っていったほうがいいと思ってるんですけどね。縁石越えのサーキットも初めてやし、走る前から『大丈夫です』なんて言うて、実際に走ったらダメやったりしたら、何言うてるんやっていう話になるでしょ?(苦笑)」
 そうは言いながらも、可夢偉は言葉の端々に自信をのぞかせる。
「去年は予選があんまり良くなかったんで、今年は予選で前に行って、真剣に前と戦えたら面白いかなって思ってます」
 それはバルセロナで演じて見せた戦い方。そして、バルセロナで果たしきれなかった戦い方。今回こそは、予選できちんと実力を発揮し、最高の結果を手に入れたい。それができれば、表彰台だって夢ではない。ここまで5戦で5人の勝者が生まれているシーズンなのだ。
「全レースで違う人が勝って、HRTまで勝てるようなシーズンやったら最高でしょ?(笑) 自分が勝てるとこが選べるんなら、鈴鹿かな。あ、モナコかもしれない。だって、モナコで勝ったら後が楽しいでしょ? パーティで遊べるもん。鈴鹿やったらパーティできないし、じゃんじゃん焼きするくらいしかできないから(苦笑)。でもまぁ、人生そんなに甘ないからね」
 週末に向けて、天気は下り坂の予報が出されている。ただでさえギャンブル性の強いこのモナコで、今年のレース週末はさらに複雑なものになりそうだった。
「ギャンブルはもう終わりましたよ、昨日で終わり。ここからはしっかりレースです」
 可夢偉はそう言って悪戯っぽく笑った。

(続く)


【F1LIFE新書】2012年モナコGP 小林可夢偉『華やかなりしモナコ』

著者:米家峰起
発行日:2012年5月30日
ページ数:23
データ形式:PDF(PC、iPad/iPhone、Android対応)
データサイズ:8.5MB
ダウンロード価格:210円(税込)
(販売期間:2012年6月10日まで)

購入はこちら『F1LIFE』ストアにて。
https://www.f1-life.net/store/f1lb-0015.html

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