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【F1LIFE新書】2012年ヨーロッパGP 小林可夢偉『残酷なバレンシアの太陽』


2012-7-1 14:24


 これがチーム力というもの。

 今回こそは頼みます、神様!
 そうつぶやいた可夢偉の願いは、
 届かなかった。


 最初のハードブレーキングから低速のコーナーを立ち上がると、小林可夢偉のザウバーC31は4番手にいた。
 5つのレッドシグナルが消えた瞬間、いつも通りのハイグリップがアスファルトを掴み、C31は絶妙な加速を見せてくれた。
「あいつが前で何かやらかしてくれたらええんやけどね」
 冗談でそう言っていたロマン・グロージャンがインに飛び込んでいくのに、素直に着いていった。全開で抜けて行く高速のターン1から、低速のターン2へ。
 もう一人の”要注意人物”と可夢偉が言ったパストール・マルドナドが、2位のルイス・ハミルトンにアウト側から仕掛ける。それをけん制するハミルトンがややアウトに膨らむと、その後ろには後続が詰まり、反対のイン側には大きなスペースが空いていたのだ。
 7番グリッドからスタートしたはずの可夢偉は、気付けばあっという間に4番手へと浮上していた。
「今年はタイヤの扱い方よりも、どれだけ前がクリアで、自分のペースで自由に走れるようにするかっていう方が重要なんです。タイヤマネージメント云々やドライビングスタイル云々だけじゃなくて、周りの状況によってレースは大きく変わってくるんです。」
 フィールドの10数台がコンマ数秒にひしめく今季のグランプリでは、レースごとに勢力図が入れ替わる。それは実際に実力差が入れ替わっているのではなく、レース中のほんの些細な運・不運によって決められている。
 前戦カナダでチームメイトが3位を奪い、自身は9位でレースを終えた理由を、可夢偉はそう理解した。自分がトラフィックに捕まり続けたのに対し、セルジオ・ペレスが1ストップ作戦を成功させたのは、後方からクリーンエアの中を走ることができたからだ、と。
「セルジオはタイヤを上手く使ったことも事実ですけど、単独で走る時間が長かったことも大きかった。それがタイヤマネージメントのキーなんです」
 あれから2週間が経ち、バレンシアの真っ青な空には今年も太陽がギラギラと高く輝いている。
「今回こそは頼みます、神様!」
 決勝を前に、可夢偉はそうつぶやいていた。
 あとは運だけ。ドライバーとしてそれ以上できることがないのだから、あとは神頼みしかない。
 それはちょっと冗談めかした、しかし可夢偉の切実な思いでもあった。

 木曜のバレンシアは、まさに文字通り、茹だるような暑さに見舞われていた。
 気温計は39度を指し、空高くから灼熱の太陽が照りつけ体感温度をさらに高くする。
「あれ? ここ、こんなに涼しかったっけ?」
 白亜のモーターホームの2階に上がって、可夢偉は言った。
 エアコンのないザウバーのモーターホームは、太陽の光が照りつけるサーキットでは中が蒸し風呂のように暑くなる。可夢偉のプライベートスペースはエアコンが完備されているものの、普段の生活スペースである地上階はまだしも、上階の暑さといったらない。
 その上階が、少しだけひんやりとしている。
 天井を見上げれば、そこには冷風の吹き出し口が設置されていた。
 節約家のザウバーでさえ、さすがにエアコンを入れざるを得ない暑さ。それがバレンシアの暑さなのだ。
「マシン的には大丈夫やと思いますよ。今回はこの暑さをきちんと見極めることが大切ですね。タイヤをしっかり理解すれば、良いレースができるはずです」
 日曜にも同じような暑さが予想されている。
 しかし金曜は一転して肌寒さを感じるほどの気候になった。薄雲が広く空を覆っている。午後になっても気温は25度ほどにしかならず、こうなってはザウバーご自慢のエアコンも形無しだ。

(続く)


【F1LIFE新書】2012年ヨーロッパGP 小林可夢偉『残酷なバレンシアの太陽』

著者:米家峰起
発行日:2012年6月30日
ページ数:25
データ形式:PDF(PC、iPad/iPhone、Android対応)
データサイズ:7.3MB
ダウンロード価格:210円(税込)
(販売期間:2012年7月15日まで)

購入はこちら『F1LIFE』ストアにて。
https://www.f1-life.net/store/f1lb-0018.html

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