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【F1LIFE新書】2012年ドイツGP 小林可夢偉『ついに見えた、目指すべき青空。』


2012-7-25 0:02


 僕らの好きにやらせてくれ。

 可夢偉とフランチェスコは、
 外れかけた歯車を自分たちの力で
 押し戻した。


「ソファでも持ってきましょうか?」
 グリッドでずっとコンクリートウォールにもたれかかってアスファルトに座っている可夢偉のところに、CEOのモニシャ・カルテンボーンがやって来て言った。
 このジョークに、可夢偉もモニシャも大きな笑顔を見せ、スタート前の緊張感が漂うその場が少しだけ和んだ。
 空からは太陽の陽射しが降り注ぎ、可夢偉は大きなパラソルを路面に置いて、その日陰の中で座っている。モニシャは可夢偉と同じように座り込んで、パラソルの中で可夢偉と言葉を交わす。
「リラックスして、自信を持っていけばいいのよ」
 可夢偉の実力は、誰よりもよく分かっている。信頼も寄せている。焦りや苛立ちに左右されずに、冷静にそれを発揮するだけでいい。モニシャは常々、可夢偉にそう言ってきた。
 ザウバーの中でも可夢偉の最も良き理解者であるモニシャが可夢偉のグリッドを訪れるのは珍しいことではない。しかし、今回は少し特別な意味があった。
 可夢偉の周りでは、チームクルーたちが緊張した面持ちで前方を気にしている。レースエンジニアのフランチェスコ・ネンチたちが手書きの紙を持って可夢偉のもとを訪れ、何やら相談し合ってはまた散っていく。
 ホッケンハイムのグリッドは、彼らにとって特別だった。

「50回目なんですか? じゃあ50回目を記念して良いレースをしたいと思います(笑)」
 レース週末の幕開けを前に、テレビカメラに向かって可夢偉は言った。
 明らかに、テレビ向けのリップサービス。それが素直にできるほど、可夢偉は大人ではない。ホントはそんなこと思ってませんけど、という表情で、敢えて棒読みの口調で答えるところが可夢偉らしい。
 2009年のブラジルGPで急きょF1デビューを果たしてから、50戦目のグランプリ。
 もちろん自分自身も気付いていないわけではなかったが、可夢偉にとってはたいしたことではなく、それにこんなところで終わるつもりもない。
「意外と短かったですね。もう50戦いったんや!? でも、たった50戦ですね。まぁ、あんまり気にしてないですけどね」
 カメラが止まってから、可夢偉はそう本音を言った。
 だが、ここでなんとか流れを変えたいという気持ちは本心だ。
 不運なレースが続いている。チームの判断ミスで失ったものは数知れない。そして、2週間前のイギリスでは、自身もミスを犯してしまった。
 あのピットストップのミスは攻めるがゆえのミスだった。本来ならば必要のないプッシュの末のミスだった。
 だが、可夢偉はその攻めの姿勢を守りに変えようとは思っていない。
「してはいけないミスやけど、ミスはしなきゃいいだけですからね。レースなんて、どこまで攻めればいいか分からない世界ですからね。単純に1ポイント、2ポイントを獲りに行くんやったらリスクを冒す必要はないけど、もっと上、例えば5番とかを戦いに行くっていうときには守りに入る理由はないんじゃないかっていうのが僕の考え方やから」
 マシンに速さがあり、実際に結果も手にしている今季は、チームとしても昨年までのような中団争いで満足はしていられない。
「今までやったら1ポイントや2ポイントでチームにもハッピーって言ってくれてたけど、今はそんな状況じゃないですからね。チームの要求は高くなってるから」
 来季に向けたシート争いも表面化し、チームメイトに比べて数字という目に見える結果が劣っている可夢偉には、シート喪失の危機かという記事も見られるようになってきた。
 もちろんそれは周囲のドライバーが他チームとの交渉を有利に進めるための駆け引き材料としてリークしているものに過ぎず、逆に言えばザウバーが彼らの本命ではないことを示しているのだが、可夢偉自身としても来季に向けた交渉をする上で好ましい状況とは言い難い。
 上位勢が動向を決めると言われている夏までに、しっかりと結果を出して有利に話し合いができるような条件を整えておかなければならない。
「いま結果を出すしかないでしょ? それしかないから。(チーム内では自分の仕事を理解してくれているが)そこはドライやから、目に見えて分かる結果だけで行くしかないですよ。そんなん、いちいち他のチームに説明しに行くわけにもいかないでしょ? F1なんやから、しょうがないですよ」
 今回はポイントが欲しいかと聞くと、可夢偉は冗談めかして言った。

(続く)


【F1LIFE新書】2012年ドイツGP 小林可夢偉『ついに見えた、目指すべき青空。』

著者:米家峰起
発行日:2012年7月24日
ページ数:27
データ形式:PDF(PC、iPad/iPhone、Android対応)
データサイズ:7.3MB
ダウンロード価格:210円(税込)
(販売期間:2012年8月31日まで)

購入はこちら『F1LIFE』ストアにて。
https://www.f1-life.net/store/f1lb-0020.html

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