日本人最高位、予選2位を獲得。
フロントロウから可夢偉が狙っていたのは、
ただの表彰台ではなく、その頂点への挑戦だった。 最初に聞こえて来たのは、雑音にも似た叫び声だった。
チェッカーフラッグとともにコントロールラインを越えた可夢偉のステアリングには、1分47秒871のラップタイムが表示されていた。
そのタイムに驚いている可夢偉の耳に、ようやく冷静さを取り戻したレースエンジニア、フランチェスコ・ネンチの声が届いた。
「カムイ、4位だ」
それでも上出来だと、可夢偉は思った。そもそも、47秒台が出せるなどとは思っていなかった。
予選Q3最後のアタック。セクター2を通過した時点で、ステアリングのLEDに表示されたスプリットタイムを見た可夢偉は失望していた。タイムの伸びしろが小さい。
いや、実際には真逆だった。可夢偉はセクター2で全体のベストとなるタイムを記録していた。
しかし、セクター1のタイムを覚え間違えていた可夢偉は、足し算を間違えていたのだ。
「勘違いしてたんです。走りながら(前のセクターのタイムを)覚えなあかんから、それを間違ってて、1+1が4みたいなことになってたんです。そんな簡単な計算間違い。これ、恥ずかしいから書かないでくださいよ(苦笑)」
だが、その計算間違いが、可夢偉に味方した。
「朝のタイムから0.2秒くらいしか速くなってないやんって思って、最後のセクターは諦めながら意地になって無理矢理走ったら、それが決まった、みたいな(笑)。1分48秒1くらいやろなぁと思ってタイムを見たら47秒8って出てきて。『あれ、どこで計算間違ってたんやろ?』みたいな(笑)」
Q1でコースインした可夢偉は、ヘルメットの中で苦い顔をしていた。
ランチタイムにセッティング変更を施したせいで、快調だったはずのマシンがじゃじゃ馬になってしまっていたのだ。ハンドリングが定まらず、グリーンな路面で走った午前中の自身のタイムすら超えられない。
「『やってもうた〜』っていう感じでしたね。FP-3では良かったんですけど、もう少し良くなればと思って欲をかいて予選でキャンバーを弄ったら悪い方向にいっちゃって。デフを触ったりフロントウイングの(フラップ角度)変更で補えるかなぁと思ったんですけど、どうにもならなくて、最後のQ3は『あとはもう運転でどうにかするしかないなぁ』と思って走ったんです」
その結果が、まさかの1分47秒台
しばらくして、フランチェスコが訂正してきた。
「カムイ、2位だ」
「えっ、どっち?」
「いや、4位かな。いや、2位だ」
「どっちやねん!」
そのくらい、チーム内も混乱していた。そのくらい、彼ら自身の予想を上回る結果だった。
「Q1、Q2で上手くクリアラップがとれなかったんで、Q3では確実にとるために早めにコースに出たんですけど、究極のタイムを狙ってたわけでもなかったし、まさかあんなタイムが出るとは思ってなかったから」
マシンをパルクフェルメに停めて、コクピットを降りた可夢偉はFIAのスタッフに連れられてトップ3会見に出席した。もちろん、可夢偉にとっても初めての経験だ。
一通りの質問が終わり、「では各自の母国語でどうぞ」と言われた可夢偉は、躊躇った。
「『僕はどうすればいいのかな?』っていうくらいで(笑)。日本語でどうぞって言われても、何を喋ればいいんかわからんし。どうせ誰も見てへんからえぇかって思って。え、みんな見てたんですか?」
いつもはその前でカットされる日本のテレビ中継でも、可夢偉が出席したこの日はここまで放送が続けられていた。英語での会見とは違って、ごく簡単に感想とファンへのお礼を述べただけの可夢偉に、テレビの前のファンは肩すかしを食らったことだろう。
それも経験。
改めて、可夢偉とザウバーがこれまでとは明らかに違ったポジションへと成長してきたことを痛感させられる。
「明日は表彰台を獲ること、それがまさに今の僕らに必要なことだと思ってます。それを頑張るのみです。大切なのは、こっからです。しっかりと戦って、何も(不運が)ないことを願う、っていう感じです」
何事もなくレースを。
今季まだ果たされていない、ミスも不運もないレース週末が、今こそどうしても欲しかった。
その先には、間違いなく表彰台が待っているのだから。
(続く)
【F1LIFE新書】2012年ベルギーGP 小林可夢偉『アルデンヌの森に、勝利を見た』著者:米家峰起
発行日:2012年9月4日
ページ数:27
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