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【F1LIFE新書】2012年イタリアGP 小林可夢偉『モンツァの熱い太陽』


2012-9-12 4:31


 人生ってこんなもん。

 予選の好走が報われない虚しさ。
 断ち切れない不運の連鎖。


 イタリアの太陽は熱い。
 雲ひとつない真っ青な空から降り注ぐその力強い直射日光は、肌をヒリヒリとさせる。暑さを超えて、痛さを感じさせる強さ。
 8月を過ぎてすっかり秋めいたヨーロッパ諸国とは異なり、アルプスを越えた南のこの地は、まだまだ夏の陽気が残っている。
 可夢偉はショートパンツにビーチサンダルという軽装を楽しみながら、古風なカフェの椅子に腰掛けて、カプチーノのコクとラテのまろやかさの絶妙なバランスを味わっていた。
 荘厳な観光名所から少し離れて目立たないこの小さな路地には、高級ブランドのブティックが建ち並んでいる。世界のファッションを牽引する、ミラノの隠れた中心地。そんなモンテナポレオーネ通りに、『Caffé Cova』はある。
「めちゃめちゃ美味いカプチーノ屋さんがあるの知ってます? あそこのカプチーノは世界一なんです。朝、それを飲むためだけにミラノに行ってたんです」
 失意のスパから僅か3日後。
 あの思いを完全に吹っ切ることができたと言えば、それは嘘になる。
 可夢偉にしてみれば、もうできるだけ早く忘れてしまいたい記憶。だが周囲はそれを許さない。当然のように、スパのことを振り返って知ろうとする質問が投げかけられる。
「(前戦は)スパでしたっけ? あんまりスパについて話すこともないかなと思うんですけど(苦笑)。何を話すんですか? それイジメでしょ?(笑)」
 そう冗談めかして言って、答えをはぐらかす。
 しかしそれでも、事故の原因を作ったロマン・グロージャンのスタンスに対しては、しっかりと自分の意見を語った。
「クラッシュするのは簡単やけど、クラッシュしたって僕らには何も将来の役に立たないんで。彼自身も分かってるとは思うんですけど、どうしてああなるかということが僕には分かんないですね。1戦の出場停止なんて、軽いと思いますよ。1レースで済んでラッキーでしょ」
 アウトドローモ・ディ・モンツァの長いストレートの向こうは、陽炎の中に揺れている。
 その長さはつまり、ザウバーにとって苦しみの長さ。エンジンパワーに劣るC31では、ライバルたちに抗うことはできない。
 マシンの前後には、ここモンツァでしか見ることのできない小さなウイングが据え付けられている。その上、フラップは極限まで浅い角度に寝かせられる。
 最高速の差で抜かれないためにウイングを削れば、その分だけコーナーが厳しくなる。勝負の鍵は、そこだ。
「ここは高速っていうよりも低中速コースやと思うんで、スパとは比較できないです。去年よりはクルマが良くなってることを願って、しっかりセッティングして。今回はスパほどは行けないと思いますけど、どこまで行けるか……」
 そう言って苦しい週末を覚悟してはいたが、もしかすればQ3に進むことも可能なのではないか。そんな淡い期待を抱いてもいた。
 だがモンツァの初日は、可夢偉の想像以上に厳しいものとなった。
「クルマがなにかおかしい!」
 これからロングランをという午後のセッションで、コースインしてすぐに可夢偉は無線で叫んだ。
 エンジニアがマシンのデータを確認すると、確かにリアサスペンションのストロークに異常が散見された。
「マシンがすごく跳ねて、ストレートでもスピンになりそうなくらいで(苦笑)。あまりにも危険なんで、走るのをやめたんです」
 原因は、来年に向けて試験投入されたコンポーネントにあった。
 そのため残りのレース週末にトラブル再発の心配なかったが、燃料を積んだマシンのフィーリング確認もできていなければ、ロングランでのタイヤ傾向を知るためのデータ収集も行なうことができなかった。
「クルマがどうとかいうよりも、直線があまりにも遅すぎて。午後の一発目はちょっとマシにはなったんですけど、それでもまだ今ひとつで。
 原因を見つけようと思っていろいろやってみたんですけど、クルマがよく分からないまま走れなくなってしまって……ちょっと酷い1日でしたね。今日走った中で使えそうなデータでセットアップを調整して、明日の朝に走ってみてどこまで合わせられるかですね。残りの1時間でどこまで上げられるか……」
 太陽が照る空はこんなにも明るいのに、可夢偉の目の前は闇の中。
 出口の見えないトンネルの中を彷徨っている。

(続く)


【F1LIFE新書】2012年イタリアGP 小林可夢偉『モンツァの熱き太陽』

著者:米家峰起
発行日:2012年9月12日
ページ数:25
データ形式:PDF(PC、iPad/iPhone、Android対応)
データサイズ:6.7MB
ダウンロード価格:210円(税込)
(販売期間:2012年9月24日まで)

購入はこちら『F1LIFE』ストアにて。
https://www.f1-life.net/store/f1lb-0025.html

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