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【F1LIFE新書】2012年インドGP 小林可夢偉『目の前の壁を越えて』


2012-11-1 3:30


 この壁に立ち向かう覚悟。

 身体が拒否反応を示すほどの異質文化、インド。
 かつてない苦境に、真っ向から挑む気概。


 ニューデリーのインディラ・ガンディー空港へと降下していく飛行機の窓からは、光の少ない街の夜景の所々に打ち上げ花火の煌めきが見えた。
 インドはこの日ヒンドゥー教の3大祭典のひとつ、ダシャラーを迎えていた。街は飾り付けで溢れ、深夜を迎えてもなお賑やかさが残る。
 午後9時に空港へ降り立った可夢偉は、タクシーに乗り込みホテルへと向かった。
「見ましたよ、空港からホテルに行く途中で見たトゥクトゥクに乗ってた3人の女性、あれは確実にその筋の女性でしたよ。それ見て目が点になったもん。あ〜、この街にもいるんかな、って。でも顔が大っきかったからニューハーフかなって(笑)」
 相変わらず道は喧噪に包まれ、至るところでクラクションが鳴り響く。だが不思議とそこに混乱や怒号はない。混沌に見えるその世界の中で、我々の理解を超えた次元で、彼らには彼らだけの秩序が保たれている。
 だが、我々の身体はそれを受け付けない。食への注意を怠れば、たちまち身体は悲鳴を上げてしまう。歯を磨くのもミネラルウォーターを使えば、シャワーだって口を真一文字に閉じて浴びなければならない。
 チームスタッフの食事を担うホスピタリティのケータリングスタッフは、水道水を一切使わないよう、巨大なタンクでミネラルウォーターを持ち込み、調理だけでなく食器洗いなどあらゆる場面でそれを使用している。
 それでも初めてここを訪れた昨年、ザウバー・チーム内でも激しい腹痛を訴えたメンバーがいた。だからこそ今年はさらなる注意をと、全スタッフが外部での食事をやめて1日3食全てをサーキット内で済ませる。念には念を入れて食材も厳選したため、テーブルに並ぶ食事のメニューもいつもとは少し様子が異なっている。
「食事には気を遣ってますね。いつも食べてるサラダもないですしね」
 だからこそ、リスクを少しでも減らそうと可夢偉は水曜の夜に現地入りするフライトを選んだ。この地に滞在する時間を少しでも減らし、この地で摂る食事の回数を減らすことが、リスクの軽減につながるのだ。
 そんな生活に精神的な抑圧を感じる者もいる。だが可夢偉は全く気にしていないという。
「全然、全然。チームも(食べるものは)一緒やし、作ってくれる料理も緑(サラダ)がないっていうくらいで、だいたいいつも通りやから大丈夫ですよ。まぁ今回は日本からお菓子をいっぱい持ってきてて、『じゃがりこ』とかいっぱい買って来たんで(笑)」
 普段の可夢偉なら、レース週末が始まってからは炭水化物や脂肪分は極端に制限し、野菜中心の食生活になる。だが今回だけは別だ。
「お腹壊すんと炭水化物とるのと、どっちがいいですか?(笑) お腹壊したらレースできなくなる可能性がありますからね。レース中にブリブリ出したらヤバいでしょ?(笑) それよりは炭水化物をとってでもお腹壊さない方がいいから」
 気にしていないとは言いつつも、やはりどこかで影響はある。昨年のインドで気を遣いすぎて以来、可夢偉はこういった国に来ると逆に便秘が酷くなるようになってしまったらしい。
「体重が増え続けていってます。ホンマに出なくて困ってるんです。毎日、頑張ってトイレに座ってんねやけど……(笑)。イヤんなってきたわ。
 これ、気ぃ使いすぎなんですかね? やっぱり野菜とってないからですかね? どうしよ、野菜食べた瞬間にビックリするくらい出たら(笑)」
 そんな冗談を言うほどの余裕はあるが、やはりリスクを冒すつもりはない。自分はプロのレーシングドライバーであり、自分の不始末で仕事がこなせなくなることはプロフェッショナルとして断じて許されない。
「街は楽しまずに帰るんかなぁっていう気がしますね」

こちらに続く)


【F1LIFE新書】2012年インドGP 小林可夢偉『目の前の壁を越えて』

著者:米家峰起
発行日:2012年10月30日
ページ数:27
データ形式:PDF(PC、iPad/iPhone、Android対応)
データサイズ:7.4MB
ダウンロード価格:210円(税込)
(販売期間:2012年11月14日まで)

購入はこちら『F1LIFE』ストアにて。
https://www.f1-life.net/store/f1lb-0035.html

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