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【F1LIFE新書】2012年USGP 小林可夢偉『オースティンの冷たい風』


2012-11-22 10:59


 どうしようもない現実。

 タイヤが温まらず、グリップしない。
 初開催の路面に翻弄された苦悩の週末。


 テキサス州オースティンの風は、ひんやりと肌に冷たかった。
 夏は40度を超える猛暑に干からびるこの地も、1週間ほど前から急に朝晩の冷え込みが厳しくなった。景色はもうすっかり秋めいて、冬の訪れも間近に感じられる。2012年のシーズンももう終わりに近付いているのだと、いやが応にも意識させられる。
 アブダビから日本に戻った可夢偉は、その数日後の週末にはアメリカへと飛んだ。15時間という昼夜逆転の時差に対応するためには、そのくらいのリードタイムは必要になるのだ。
 最後にこの国でグランプリが行なわれたのは、2007年。
 可夢偉にとっては、アメリカでレースをするのは初めてのことだ。
「そうやな……どうやろ、まぁ、僕自身はヨーロッパの方が合ってるかなっていつも思うけどね。食べ物とかは気にならないけど、まず、店と店が1軒1軒遠過ぎ(笑)。だから全然おもんないんですよ、イライラしてくるし(笑)」
 テキサスにやってきて早速、名物のバーベキューも堪能した。
「友達がみんな『テキサスに行ったらBBQを食べないと』って言うんで、トライしました。良かったけど、お腹を換えないと無理ですね。デカ過ぎです(笑)。すんごいとこ見つけたんですよ、教えないけど(笑)。雰囲気がすごくて。200〜300人くらい入れて食べ放題の、大衆BBQみたいな。肉はめちゃめちゃ柔らかかったですよ。食べ放題やから、ビックリするくらい食えるんですよ」
 そう言って可夢偉は笑う。
 9月に竣工したばかりのサーキット・オブ・ジ・アメリカズが新たなUSGPの舞台。当初からFIAのGrade1承認を念頭にグランプリのスタンダードに沿って新設されたサーキットであり、アメリカだからといって何が変わるわけではない。可夢偉ももちろん、初めてのレースであることを何ら気にしていない。
 水曜日に準備の整ったサーキットに入り自分の足で歩いて見て廻ったが、それはある種の儀式のようなものであって、特に必要だからというわけではない。
 ザウバーにはトップチームのようなドライビングシミュレーターはなく、チームのエンジニアからはプレイステーションの最新ゲームを使って事前の準備をするように勧められる。しかし可夢偉は何もやって来ない。
「はい、ないです!(笑) プレステも僕ん家にはないんですよ。でもいいんですよ。そんなことしてても、1〜2周も走ったら全然大丈夫やし。プレステってダメなんですよ、僕。その感覚で行っちゃうから(笑)。変な先入観を持って走りたくないんです」
 だから、走る前にサーキットの印象を聞かれてもこう答えてしまう。
「いや、特に……」
 目の前に聳え立つような急坂のターン1が注目を集めていたが、可夢偉にとってはさほど特別なことだとは思えなかった。見た目のイメージに左右されすぎなのではないか、と言外に含ませて言う。
「なんも思わないっす。走ってたらなんも思わないもんっすよ。みんなユニークやって言うけど、ただ上り坂でブレーキングして曲がるヘアピンっていうだけで、僕的には普通のコーナーやなって感じです。あんなん、スパに比べたら全然余裕っしょ。スパって下ってから上ってるから、実際の上り勾配(の角度)はすごいんですよ。L字みたいになってるんです。でもここは真っ直ぐ(平らな状態)からこの角度やから、大したことないんですよ」
 オースティン郊外に広がる丘陵地帯の地形をそのまま生かしたコースレイアウトには、各所にアップダウンが付けられ、その高低差のためにエイペックスが見えないブラインドコーナーも散見される。件のターン1もまさにそのひとつだ。
「まぁ、クルマ自体が元々(エイペックスは)見えないですから。若いドライバーがF1に乗ると、たいがい最初は『前が見えへん』って言うんですよ。他のカテゴリーのクルマと比べると、見えないもんですよ。元々感覚で走ってるし、ギリギリのところになれば見えるからね。まぁ、そんなに大っきな問題じゃないですよ」
 走る前からいろいろ言っても無駄。走ってみてナンボの世界。
 それが分かっているから、可夢偉はあまり多くを語りたがらない。
 路面には新舗装特有のオイルが浮き、アスファルトの目の間には砂の微粒子が入り込んでいる。路面コンディションは週末の間に刻々と変化していきそうだ。その対応の善し悪しが結果に直結する可能性もある。
 そんな難しい状況になり得るが、それさえも可夢偉は何とも思っていない。
「……どっちでもいいです。だって、好き嫌いを言うたからって、どうなります? あんま考えてないです、そこは。考えない方がいいかなと思うし」
いかにも可夢偉らしい受け答えでUSGPの週末を迎えた。

こちらに続く)


【F1LIFE新書】2012年USGP 小林可夢偉『オースティンの冷たい風』

著者:米家峰起
発行日:2012年11月21日
ページ数:25
データ形式:PDF(PC、iPad/iPhone、Android対応)
データサイズ:6.5MB
ダウンロード価格:210円(税込)
(販売期間:2012年12月5日まで)

購入はこちら『F1LIFE』ストアにて。
https://www.f1-life.net/store/f1lb-0039.html

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