僕は新しい挑戦にハッピーだよ。
メルセデス移籍への賛否両論。
それを跳ねのけ、彼は歩き出した。
ヘレスでの5日間を追う。
9000字インタビュー完全収録。 2月4日、ヘレス・サーキット。空は雲ひとつない快晴で、北ヨーロッパでは想像もできないような強い陽射しと晴天が広がっている。パドックにはもう半袖姿のユニフォームもあちこちで目に入る。
2013年のオフシーズン合同テストの開幕を翌日に控えたこの日、メルセデスAMGの面々は大勢の報道陣に囲まれていた。例年のテストでは見られないほど多くの、イギリスから訪れたジャーナリストやカメラマンたち。彼らの視線の先にあるのは、ルイス・ハミルトンだ。
午後3時、サーキットにメルセデスAMG・エンジンの軽快なエキゾーストノートが響き始めた。
ヘレスのレイアウトはコンパクトで、パドックのすぐ裏を最終コーナーに向けた全開区間が走る。否が応でも、その走りのリズムが耳に入ってくるのだ。
詰めかけた英国人たちの興味は、この若き母国のヒーローが新天地でどのような走りを見せるのか。それは彼の活躍を期待するものというよりもむしろ、愚かな決断の結末をそれ見たことかと嘲笑してやろうという興味本位のもののほうが勝っているようにさえ感じられた。
そんなことはハミルトン自身もお見通しだ。マクラーレンでのデビュー初年度がそうであったように、それが自身に宿命づけられた役割なのだということを、彼は知っている。
プロモーション撮影用として100kmだけ許された走行の持ち分を1時間半ほどで終えて、ハミルトンはレーシングスーツ姿のままホスピタリティユニットにやって来た。額にはまだバラクラバの跡が生々しく残っていたが、頻繁に見せる笑顔が、何かから解き放たれて眼前に広がる荒野に武者震いする彼の今を物語っていた。
ーー始めてメルセデスAMGのマシンに乗った今の率直な感想は?「ポジティブに感じたよ。全くガッカリなんてしていない。とにかく、単にハッピーだよ」
ーーそのハッピーだという理由は?「とにかくハッピーだから・・・・・・説明するのは難しいよ。新しいチャレンジ、新しいスタート、自分の人生における新しいチャプターに幸せを感じているんだ。自分の目の前に大きなチャレンジが待ち受けているという事実が、僕を駆り立ててくれる。クルマがどれだけ良いか悪いかなんて分からないけど、自分がここに貢献していくことにもワクワクしているんだ」
ーーマシンに関して、マクラーレンとの違いは?「このマシンだって同じF1マシンのフィーリングだよ。今日はデモ用のタイヤだけど、ダウンフォースレベルはマクラーレンとそんなに変わらないと感じたし、同じメルセデス・エンジンでパワーは同じだしね。ステアリングのボタンやスイッチはかなり違うし使い方の手順も違う。(同じものでも)チーム内で使う用語も違う。今はまだそういうものに慣れていっている段階だね」
ーーそういう作業は順調に進んでいる?「2007年のデビューに向けて準備をしていた頃のことを思い出したよ。あの時は(ボタンやスイッチの)コントロールや操作手順などたくさんのことを学ばなければならなかったけど、また今回もイチから学ばなきゃならない。マクラーレンに比べてメルセデスの方が倍近い数のボタンがあるんだ。以前の感覚が染みついているし、まだまだ覚え切れてないよ(苦笑)。もういくつかは外してくれって頼んだしね(笑)。エンジニアたちとの作業という点でも、チームワークのやり方がチームによって異なるから、そこもフレッシュな状態からの学び直しだね」
ーー慣れるのにはかなりの努力が必要とされる?「マシンに乗り込む度に、1分1秒も無駄にしないように作業をしているんだ。さっきだってマシンにノートを持ち込んでメモを取っていたくらいさ。マシンのことにしてもステアリングのボタンのことにしてもピットストップのことにしても、考えなければならないことは山のようにあるんだ。慣れないことをたくさんチームから言われるし、僕にとって新しい手順はまだまだたくさんあるからね」
ーー2007年のデビューに向けた準備と比べて、今回はどのくらい難しい?「あの時は2006年末と2007年の開幕前テストで、デビュー戦までに22日間くらい走れたはずだ。でも今は12日間しかない。それだけ制約が厳しくなっているから、シミュレーターの重要性が増している。僕もシミュレーターで走り込むことで多くを学べたし準備を進められたんだ。もちろん開幕してからも数戦はまだまだたくさんのことを学んでいくことになると思うけどね。
今はまだちょっとマシンを走らせただけだし、マシンの方向性やエンジニアとの作業の仕方をどう変えるかというところまではいっていない。ただ、実際に走ってみて去年のクルマと比べてどこがどうだという指摘はできるし、それにチームのみんなも耳を傾けてくれるはずだ」
ーーシミュレーターの性能をマクラーレンと比較すると?「レッドブルやフェラーリがどんなものを持っているのかは知らないけど、僕の知る限りではマクラーレンがベストだね。ただ、メルセデスのものもかなりマクラーレンに近いレベルではあるけどね」
ーーメルセデスAMGでの自分にはもう慣れた?「ここには昨夜来たんだけど、クルマでパドックに入って来て見慣れたモーターホームを通り過ぎていつもよりも奥の方まで進まなきゃならなかったから、ちょっと不思議な感じはしたよね(苦笑)。メルセデスのモーターホームがどこにあるのかなんて全然知らなくてね。
これまでとは違うメーカーのレーシングスーツを着たりもしているけど、そんなに大きな違いは感じないものなんだ。ただ、コクピットに収まると、これまでのクルマとは(ボタンなどが)随分違うんだということを感じるけどね」
ーー準備が完全に整うまでにはどのくらいの時間が必要?「それはいずれ分かることだろう。昨年末の時点で、メルセデスのマシンはトップから大きく遅れていた。レースによっては2秒近くの差さえあった。このニューマシンはいろんな箇所がそこから進歩しているけど、それでも正常進化型であってマシンの基礎が大きく変わったわけではない。このマシンの進歩が大きなものであることを祈りたいし、ライバルたちがそんなに大きな前進を果たしていないことも祈らないとね」
(
こちらに続く)
【新書】2013年ヘレス ハミルトン『新天地の一流の風を』
- 著者:
- 米家峰起
- 発行日:
- 2013年2月17日
- ページ数:
- 33
- データ形式:
- PDF(PC、iPad/iPhone、Android対応)
- データサイズ:
- 10.7MB
ダウンロード価格(税込):¥210円