コース上を走るHRTのマシンに、山本左近の姿はない。代わりにそのサイドポンツーンには、クリスチャン・クリエンの名が記さている。
それはまさしく青天の霹靂、突然の交代劇だった。木曜にはいつも通り元気な姿を見せていた左近だったが、金曜の夕方になってチームのプレスオフィサーがメディアセンターにやってきて1枚のリリースを配り始めた。そこには左近が食中毒らしき病状で体調が優れないことと、今週末を通してクリエンを代役に抜擢することが記されていた。金曜の比較的速い時間帯からHRTのチーム周辺が少しざわついていたのは、これだったのだ。
土曜日の夕刻、パドックに姿を見せた山本左近は、マネージャーとともにコリン・コレス代表との緊急ミーティングに入っていた。その表情に、体調不良の影などは見えない。
結論から言えば、山本左近シンガポールGP欠場の真相はもちろん、食あたりなどではない。その背景に“大人の事情”があったことは明白だ。
パドックでは以前から、今シーズン後半のシート獲得に約5億円を払ったとか、1戦5000万円を払っていると言われ、今回の騒動に関しても支払いが滞ったためか、クリスチャン・クリエンの持ち込んだ新スポンサー『upsynth』(オーストリアの薬草系リキュール)のロゴが加わったことからも、スポンサー絡みのシート入れ替えだろうと噂された。関係者の証言を総合する限り、どうも後者のようだ。
「とうてい納得できないし、本当は話したいことはいくらでもある。でもコレスさんが悪いわけじゃない」と母ゆかりさん。前夜は左近と晩餐を伴にしていただけに、「食あたりなどありえない。同じものを食べた私はピンピンしているんだから」と話す。ゆかりさんの証言によれば、若い頃に生カキを食べて食中毒にかかりレースを欠場した苦い経験があっただけに、左近はレース前の体調管理には人一倍気を遣ってきたのだという。
問題は、その理由を表向きどう発表するかだった。金曜日に一度「食中毒により」とリリースで発表してしまったものの、F1ドライバーともあろう者が体調管理もできないと思われたのでは困る、というのが左近サイドの言い分。その“表現”を巡って、コレス代表と左近サイドの話し合いが持たれたのだ。
一応の結論が出され、左近はフリー走行3回目のセッションをチームホスピタリティで、予選はピットガレージで見守った。
「我々としては、走らせることはできなかった」(コレス代表) 予選終了から1時間が経った深夜12時、左近を訪ねてHRTのホスピタリティエリアへ向かった。
しばらく待っていると、コリン・コレス代表がすぐそばのウッドチェアに腰を下ろし、こちらにチラチラと視線を送ってくる。
今回の顛末について、彼としても自らの口から明確に語っておきたいということなのだろう。そう思って、話しかけてみた。
ーー今日の左近はとても元気そうですが、どこに問題があったのですか?
「そうだね、でも昨日の朝(ヨーロッパ時間で)は違っていた。今は元気になったけどね。それだけのことだよ。当初の予定では、左近が走るはずだったんだ。しかし私がシンガポールに到着したのは金曜の朝で、着いてすぐにその予定が変更になった。彼のマネージャーとミーティングをして、彼の気分が優れないと聞かされたんだ。
世間ではいろんな噂や大きな話になって騒がれているが、実際のストーリーはとてもシンプルだよ。シンガポールの空港に着いてチームの状況を確認したら……(
続く)
(text by Mineoki Yoneya / photographs by Mineoki Yoneya, HRT F1 Team)
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【『Voice / 山本左近、突然のシンガポール欠場の真相』】 ●突然のドライバー交代発表、金曜の左近は何をしていた?
●ピットガレージで見守った土曜・日曜の歯がゆさ
●コリン・コレス代表の言い分とは?
●「鈴鹿は今まで通り、100%乗る!」
●「言いたいことは山ほどある。出すもの出してスッキリした」
商品の詳細 ●著者:米家 峰起
●レース:2010年第15戦シンガポールGP
●ページ数:25
●ファイルサイズ:12.9MB
●商品番号:ITEM2010-0201
●価格:210円(税込)
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