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小林可夢偉『夢に向かって』番外編

「あれから1年、日本の熱い夏。」

2010-10-5 19:25


 『F1SCENE DIGITAL』で大好評連載中の、小林可夢偉の毎レースを生々しくリアルに描いたドキュメンタリー連載『夢に向かって』。特別無料配信される日本GPプレビュー号では、その特別編として、日本GPに臨む可夢偉の心境を綴っています。


2010年、猛暑の東京ーー

 8月の東京は、記録的な猛暑に襲われていた。

 アスファルトとコンクリートに囲まれた六本木の空気は、立っているだけでも汗が噴き出してくるほどに熱気を帯びている。地面から沸き上がってくる温度、そして照り返す太陽の光線。

 小林可夢偉は、短パンにサマーニット1枚というラフな格好で姿を見せた。

 六本木のとあるスタジオ。外の暑さとは対照的に、完全に密閉された空間は薄暗く、エアコンがしっかりと効いている。レイバンのサングラスに、腕には流行りのカラフルな腕時計に、何重もの紐ブレス。チームの服装規定の縛りを受けるサーキットとは異なり、オフの出で立ちはイマドキの若者そのものだ。

 涼しいとさえ言えるくらいのヨーロッパを離れて、可夢偉がわざわざ猛暑の日本に来たのには、理由があった。

「日本でモータースポーツのことを少しでも盛り上げたい。一人でも多くの人に知ってもらいたい」

 そのために、自分に何ができるのか。いや、自分にしかできないことがあるはずだ。

 だから可夢偉は、1秒で長くカメラの前に立つことにした。1つでも多くのICレコーダーの前に座ることにした。そのために、この3週間の夏休みを日本で過ごすことにした。

「2〜30本じゃきかないでしょ? 1日に4本も5本もやったもん。もう、最後は何言うてるか分かんなくなったけどね(苦笑)。ちょっと忙しすぎ……でしたね(笑)。でも、それはしょうがない。今僕がいるポジションっていうのが、休んでられへん状況やから。いや、ホントに」

 地元尼崎への表敬訪問では市長と会い、自分が生まれ育った商店街のパレードでは「ボッコボコにされた(笑)」。霞ヶ関で前原誠司・国土交通大臣も会い、観光庁の観光大使にも任命された。スーパーGTが行なわれている鈴鹿を訪れ、日本GPに向けた盛り上げに一役買った。スポンサー候補の企業に会い、食事もした。テレビの生出演もした。普段会うことのできない一般メディア向けのインタビューは、数え切れないほどやった。

 そんなスケジュールに忙殺されそうになりながらも、可夢偉は六本木のホテルでトレーニングを忘れなかった。

「空いてる時間は30分でもトレーニングをした。夜中の12時にホテルの人にジムを開けてもらってやったり。“仕事ゴハン”の後でも、絶対に飲まへんと決めて、胃の中がいっぱいでも身体を動かして。でも、寂しいね、一人は(笑)」

 それでも自分の使命を果たすことは、彼にとって当たり前のことだ。可夢偉のプロ意識は高い。その背景には、レースでポイントを重ね、チームの期待に応え続けてきたという自信もある。

「F1ドライバーっていう仕事って、すごく特殊。僕らのチームでも300人もの人がクルマを作ってくれていて、それ以外にもエンジンを用意してくれる人もいて、その人たちは2台のクルマを走らせるためだけに1年間一生懸命働いてくれていて、その最後のバトンを受け取るのが僕らドライバーなんですよね。

 だから、ドライバーはミスをしないのが当たり前なんです。プロやし、それでおカネをもらってるわけやからね。だからチームにとってドライバーっていうのは完璧な仕事をするのが当然のことで、褒められることっていうのはあんまりないんです。褒められへんことはないけど、僕らはそれを真剣に受け止めたらダメなんです。だって、それが僕らの仕事なんですからね。

 他の人ができない仕事をして、それでおカネをもらってるんやから。すごい難しいことをやってるんですけど、それはやって当然、っていうね。だから、ちょっと頭のネジが1本緩んでないとできないですよ。あ、僕の場合は2〜3本緩んでるかもしれへんけど(笑)」

 この1年で、可夢偉には風格が漂うようになった。F1ドライバーとしての誇り、一人の人間としての自信。

 夕方になり、1本の取材が終わってスタジオを後にしようという時、可夢偉はラジコンカーをもらった。自分のマシンと同じ色に塗られたマシン。1/10スケールのボディは、迫力がある。ウイングもタイヤも、彼の心をワクワクさせるくらいに精巧にできている。優に時速40kmは出る代物だ。

 手にとって喜びはしゃぎ回る彼の顔を見て、まだ23歳の青年でしかないのだということに改めて気付かされる。広いスタジオのフロアでひとしきり“自分のマシン”を走らせた後、可夢偉は嬉しそうに大きな箱を抱えて帰っていった。

 次の予定は、大人たちとの会食だった。


蘇る1年前の記憶。可夢偉、人生激動の1年。

 今から1年前のシンガポール。

 ティモ・グロックの2位獲得に沸くトヨタのピットガレージ前で、白と赤のユニフォームを着てつまらなそうな顔をしている可夢偉がいた。

「ほら、もっと嬉しそうな顔をしなきゃ」

 そう声をかけられても、取り繕いの笑顔を見せるだけで、本心からは喜べない。チームメンバー全員が集まって記念撮影が始まっても、彼の表情はどこか虚ろなままだった。

 GP2で散々なシーズンを終えて、あの時、可夢偉の灯火は消えそうになっていた。

 しかしそれから僅か5日後に、可夢偉の人生は激動の展開を見せ始めることになった。

「今どこにいるの? 何やってるんだ、早くサーキットに来ないと!」

 平田町のホテルを出てサーキットへ向かう途中の車内で、トヨタの新居章年・技術コーディネーション担当ディレクターから電話を受けた。

 シンガポールで部屋中いっぱいのシャンパンで酔いつぶれたまま日本にやってきたグロックが、チーム内で流行っていたインフルエンザにかかってダウンしてしまった。そこで急きょ、金曜日のフリー走行にリザーブドライバーである可夢偉がノミネートされることになったのだ。

 6年ぶりに走る鈴鹿。それも雨。2月以来の本格的なF1ドライブ。難しい条件ばかりが揃っていたが、可夢偉は好走を見せた。それどころか、チームの技術陣を感嘆させ、可夢偉に対する評価を一変させた。

 だがまさか、翌日の予選で無理を押して出場したグロックが激しいクラッシュに見舞われるとは誰も予想していなかった。そして次のブラジルで、可夢偉がF1デビューを飾ることになろうとは。

 トヨタに残されたたったの2戦で、可夢偉は結果を残して見せた。いやそれ以上に、人々に強烈な印象を残して見せた。それがBMWザウバーのシート獲得という今年に繋がった。トヨタが立ち去ろうとも、可夢偉は自力で生き残った。

 そしてこの1年で、もといた場所よりもさらに高いところへ這い上がってきた。


そして、鈴鹿。7年ぶりの日本凱旋レースへ

 あれから1年。

 可夢偉は再びこの鈴鹿で走ろうとしている。今度は本当のF1ドライバーとして、自分のレースをする。日本で実戦を走るのは、7年ぶりのことになる。

「こんなにファンの人がいて、だいぶビックリした! たった1年でこんなに変わるなんてね。恐いもんですね、人生って」

 ものすごい勢いで回る時計の針に、分単位で押し寄せるスケジュール。夏の忙しさのさなか、可夢偉がポロリと漏らしたことがある。「あんまり期待されてもね、一体どうなるんやろ」。

 期待が高まれば高まるほど、そして背負うものが大きくなればなるほど、プレッシャーは襲いかかってくる。多忙なスケジュールをこなすうち、知らず知らずのうちにそれは蓄積されていく。

「プレッシャーに打ち勝つには、楽しむこと。単純に、全てを楽しむこと。誰だって、嫌な仕事って絶対にあるじゃないですか。でもそれは仕事と割り切ってきちんとこなして、自分なりに楽しくやる。そして好きなことを本当に楽しんでやる。

 そのためには『笑顔を忘れない』とか、しょうもないことなんですけど、そういうのが大事やと思う。だから僕、いっつも笑顔でしょ?」

 24歳になった可夢偉は、鈴鹿でどんな走りを見せてくれるのだろうか。笑顔で凱旋する可夢偉の姿を、目に浮かべて欲しい。

(text by Mineoki Yoneya / photographs by ZEROBORDER)


※日本GPまでの小林可夢偉『夢に向かって』を読み返したい方はこちら『F1SCENE DIGITAL』各号でお楽しみください。


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商品の詳細
 ●著者:Remixpoint Inc. / Codeximages
 ●レース:2010年第16戦日本GP
 ●ページ数:50
 ●ファイルサイズ:84.0MB
 ●商品番号:ITEM2010-0202
 ●価格:無料!


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