速さはあるはずなのに……。
4位入賞からまさかの失速。
原因不明の気まぐれに襲われた、
その裏側で何が起きていたのか? レーシングスーツ姿のままの可夢偉の胸元に、じっとりと汗が滲んでいた。
セッション中の豪雨が嘘のように、空からは強い陽光が照りつけている。金曜午後のセッションが終わってから約1時間半。チームマネージャーのベアト・ツェンダーが17時からのドライバーズブリーフィングに連れて行こうと、待っている。
「どうしたらいいんか、全く分かんないんです。困りました……」
そう言って可夢偉は苦笑いするしかなかった。
ホッケンハイムで好走を見せたC31は、ハンガロリンクで原因不明のグリップ不足に見舞われていた。
「バランスどころか、グリップがないんで……タイヤが上手く機能してないんですよね。クルマがすごく跳ねて、まずブレーキングからおかしくて。直線が遅いからダウンフォースは付けられないし、タイヤもスイッチが入らないし……ちょっとハマってますね。『どっから手を付けようか』っていう状態なんで……」
そう言っている間も、ブダペストの陽射しが容赦なく照りつける。
今年一番のハマり具合。可夢偉はそう言い切った。
この時間まで平服に着替えることもなく、シャワーを浴びることもなく、レーシングスーツの上をはだけたままでブリーフィングに向かうのは、滅多にあることではない。その時間を惜しんででもやらなければならないことがあったということだ。
それはもちろん、エンジニアたちとの議論だ。
「ヤバいですよ……」
最後にそう言い残して、可夢偉はブリーフィングに向かった。
ドイツGPを4位で終えた可夢偉は、いったんモンテカルロの自宅に戻ってからブダペストにやってきた。
暑くなるだろうと思って、ちょっとラフな格好に、小振りのストローハットで決めて。
「最近カメラ全然いじってへんから、そろそろまた復活せんとね。どんなレンズがええかな? ビーチとかで使うんやけど」
水曜の夜、馴染みの日本料理屋で可夢偉はリラックスしていた。
この週末が終われば、グランプリは1カ月間のサマーブレイクに入る。週明けからはファクトリーが紳士協定に沿って2週間も完全停止する。
夏の間に上位チームのシートが動くと言われているだけに、来季シート交渉のためにもここでしっかりと結果を出しておきたい。可夢偉はそう言っていたが、だからといってそれを空回りさせるような人間ではない。
木曜にFIA会見に呼ばれた可夢偉は、ドイツでの活躍の意味を再認識しながら、自分なりにシーズン前半戦の好不調の理由をメディアに向かって語った。
日本のファンに向けてはすでにメディアを通して伝わってはいても、海外のメディアにはその全てが正しく理解されているとは限らない。
結局のところ、人は結果しか見ない。結果がなければ、見向きもしない。
「結果を出すしかない」
1週間前に言った自分の言葉が、改めてのしかかってきた。
木曜の夜は、チームが催すメディアとの夕食会。モーターホームの2階でテーブルを囲んでレースとは関係のない会話をする。
隣の席に座ったある国のジャーナリストが、不思議だったと可夢偉は悪戯っぽく笑って言った。
「メディアディナーの時にね、話すのがやったら近付いんですよ! あれ絶対ゲイやなと思って。ちょっとオネェ入ってるんですよ。あれが今週一番のサプライズやったな(笑)」
1週間前の好走に、ザウバーのチーム内は楽観的な雰囲気に包まれていた。
(続く)
【F1LIFE新書】2012年ハンガリーGP 小林可夢偉『苦渋の週末に動じず。』著者:米家峰起
発行日:2012年7月30日
ページ数:25
データ形式:PDF(PC、iPad/iPhone、Android対応)
データサイズ:6.8MB
ダウンロード価格:210円(税込)
(販売期間:2012年8月31日まで)
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