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【F1LIFE新書】2012年韓国GP 小林可夢偉『あの山河のように、泰然と。』


2012-10-17 2:01

 勝手に言わせとけばいい。

 来季を巡り騒がしい周囲。しかし
 可夢偉はそれに動じず、未来だけを見る。


「カムイ、一緒に食事でもどう?」
 チームCEOのモニシャ・カルテンボーンが、カムイを誘った。
 コリア・インターナショナル・サーキットのある全羅南道(チョルラナムド)は、あまりにも首都ソウルから遠過ぎた。早朝の東京から2時間のフライトの後、3時間超のドライブ。可夢偉自身はサイドシートで眠っていればいいが、それでも随分遠くまでやってきたものだという感慨は、身体の疲れに刻み込まれている。
「どこに食べに行く?」
 その問いに、モニシャたちは当然のようにホテル・ヒュンダイのレストランを提案した。
 彼女たちヨーロッパの人間の眼には、韓国のローカルフードは極めて異質なものに映るらしい。木浦で唯一のこの近代的ホテルで食事をするのが最も無難だというわけだ。
 しかし、レース週末が始まってしまえば自由に食事を摂ることもできなくなる可夢偉にとって、貴重なチャンスをフイにすることは耐えがたい。この地域独特の、タレに漬け込んだ焼肉。可夢偉はそれを楽しみにしてきたのだ。
 嫌がるモニシャを置いて、フィジオセラピストのヨーゼフだけが「トライしてみる」といって付いてきた。
 馴染みのその店で、「美味い」といって肉を頬張るヨーゼフを見ながら、可夢偉は鈴鹿の出来事を遠い過去のように感じていた。
 周囲の騒がしさに疲れていないかと聞かれて、可夢偉は言った。
「くたびれま……すねぇ(苦笑)。心地良くないですよぉ。僕自身は結構落ち着いてるんですけど、どっちかっていうと周りの人の興奮の方が激しいんじゃないかなと思うけど(笑)」
 あの激しい攻防の中でさえ、冷静にペースを保ち、タイヤを温存し、ジェンソン・バトンが背後に迫ると見るや猛然とプッシュした。可夢偉は追い立てられているように見えて、その実は冷静に相手をコントロールしていた。
「アイツのタイヤを先に潰したろと思てやったんです。DRS(が使える差)に入る前くらいに押さえて、エアロ(によるダウンフォース)をなくして。
 あのタイムって、決して遅くないんですよね。ベッテルを省けば、すごいペースでの駆け引きやったから……まぁ、苦しかったですよ。プッシュせなあかんけど、タイヤも保たさなあかんっていう、『これどうすんねん!』っていうとこに入ってたから。
 最後は(タイヤを)貯めてたんを使ったんやけど、一瞬で終わったから『もうあかんわ』って思ったけど(笑)、最後やからアイツもあそこまで(ロックするくらい)攻めてましたけどね。でも自分の中ではまだ余裕もあったし」
 あのレースの直後、可夢偉はやや苛立ったように素っ気なく言った。表彰台の景色なんて「普通だった」と。だがそれは、こんな時にだけ殺到して余計な重圧と労力を強いるだけの一部メディアに対する苛立ちがそうさせたのであって、本心ではやはり感動を覚えていた。
 なによりも印象的だったのは、満員のスタンドから”可夢偉コール”が沸き上がったことだだった。
「サッカースタジアムみたいに小さな会場だと声も響きやすいけど、鈴鹿のように敷地が巨大で(スタンドで)囲まれてもいないところであれだけ声が聞こえるっていうのは、冷静に考えたら凄いことやと思うんですよね。そう考えると、期待してくれていた日本のファンのみなさんの前で良い結果が残せて本当に良かったなと思います。何とも言えない感情ですけど、あれ以上(の素晴らしいことは)なかったんじゃないかなと思います」
 そう言ってから、可夢偉は慌てて一言付け足した。
「あ、結果っていう意味じゃないですよ(笑)」
 可夢偉はあの3位表彰台にさえ満足していない。
 冷静にデータを見返せば、鈴鹿では2位も充分に可能だった。もっと上が狙えたはずだった。
 だが可夢偉にとって、過ぎたことは”過去”でしかない。今さらどう手を尽くそうが変えることができない過去に、思いを巡らせたところで意味がない。それよりもなすべきは、前を向いて未来を照らす努力をすることだ。

こちらに続く)


【F1LIFE新書】2012年韓国GP 小林可夢偉『あの山河のように、泰然と。』

著者:米家峰起
発行日:2012年10月16日
ページ数:27
データ形式:PDF(PC、iPad/iPhone、Android対応)
データサイズ:7.4MB
ダウンロード価格:210円(税込)
(販売期間:2012年10月31日まで)

購入はこちら『F1LIFE』ストアにて。
https://www.f1-life.net/store/f1lb-0031.html

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