8カ月に及ぶシーズンの長い旅路の果てにたどり着いた禁酒のこの国で、レッドブルのピットガレージ前にシャンパーニュの芳醇な香りが飛び散った。レース終了から約1時間。史上最年少、新王者セバスチャン・フェッテルの誕生に、レッドブルの誰もが興奮し歓喜の声を上げ、祝杯を浴びた。
「これでタイトルが獲れたとしたら、それはもうボーナスみたいなものだよ」
タイトルの可能性を半ば諦めていた彼は、大きなプレッシャーもなくこの週末を迎えた。レッドブルの速さは変わらないとしても、チャンピオンシップをリードするフェルナンド・アロンソがその背後3位につけてくれば、チームメイトに首位の座を譲り渡すよう指示が飛ぶことは分かっていたからだ。アロンソが3位でも、ウェバーが優勝すればレッドブルにダブルタイトルをもたらすことができる。
「今週末の最有力候補はマークとフェルナンドだ、それはハッキリしている。僕はチャンピオンシップをリードしているわけじゃない。だからおそらく、彼らの方がプレッシャーは感じているだろう。僕はベストを尽くすだけ。あとは彼ら二人がどこにいるかにかかっている」
その言葉通り、いつものように彼は予選でポールポジションを奪った。名実ともに最速の座を証明する、今季10回目のポールだった。
アロンソも予想通り3位。だが予想外だったのは、マクラーレン勢の速さだった。彼らが間に割って入り、ウェバーは予選戦略ミスもあって5位に沈んだ。
タイトルの可能性が増したフェッテルは、急にプレッシャーを意識するようになった。
「ベッドに入ってから明日どんなレースになるだろうって考え始めたら想像が膨らんでしまって、早く寝なきゃって自分に言い聞かせて寝たんだ。翌朝起きてからは、人とあまり会わないようにして、何も考えないようにしたんだ。とにかく自分自身のことだけに集中しようってね」
とは言うものの、決勝を迎えた時点でタイトルに最も近いのはアロンソのはずだった。フェッテルが優勝しようとも、自身は4位以内を堅守さえすれば良い。まだ1台に抜かれても構わないのだ。
だが、スタートでその構図は微妙な変化を見せる。
フェッテルは「失うものなど何もない、僕に近寄らない方が良いよ」と豪語するルイス・ハミルトンの好加速を振り切り、ラインを守りきってトップでターン1を抜けた。対照的にアロンソは好発進を見せたジェンソン・バトンに先行を許してしまう。その上、背後に迫るのは絶対に前に行かせてはならない相手、ウェバーだった。
1周目にセーフティカーが導入された後は、レースは膠着状態になった。タイトル獲得のためには、少なくともアロンソの前でフィニッシュしなければならないウェバーは、奇襲作戦とも言える早めのタイヤ交換に活路を見出すことにした。11周目にウェバーがピットインしたのを見たアロンソは、自身もピットに向かい、ウェバーの前に居座る道を選んだ。
「ウェバーがピットインしたので、ウェバーがフェッテルか、戦う相手を選ばなければならなくなった。そこで僕はウェバーを選んだんだ。セーフティカー導入時にピットインしていたペトロフとロズベルグと戦わなければならなくなってしまうことが分かっていてもね。逆にあの時ピットインしていなければ、ウェバーは僕の前に出ていただろう。そのリスクを採るか、どちらかを選ばなければならなかったんだ」
その言葉通り、アロンソはウェバーの前のポジションをキープした。しかし前をふさぐペトロフのルノーが、予想外の速さを見せた。(
続く)
(text by Mineoki Yoneya / photographs by ZEROBORDER)
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●レース:2010年第19戦アブダビGP
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